大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)814号 判決

控訴人

株式会社瑞興食品

右代表者代表取締役

岡田栄一

右訴訟代理人弁護士

堀内稔久

被控訴人

富士浅野海運株式会社

右代表者代表取締役

中條俊彦

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

右両名訴訟復代理人弁護士

森田政明

補助参加人

株式会社梅屋

右代表者代表取締役

大谷建児

右訴訟代理人弁護士

山本七治

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一六八〇万円及びこれに対する昭和五四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  取引行為―忠伸貿易株式会社(以下、忠伸貿易という。)から控訴人への売買

昭和五四年六月二五日ころ控訴人は忠伸貿易から台湾産生姜塩水漬三〇〇〇箱(以下、本件生姜という。)を金一二〇〇万円で買受けた。

2  占有の承継―指図による占有移転

(一) 昭和五四年六月二五日ころ、忠伸貿易は、被控訴人に対して本件生姜を控訴人に引渡すよう指図する旨の荷渡指図書を作成して被控訴人に交付した。そのころ、控訴人は被控訴人に対して右荷渡指図書を呈示した。

(二) 同五四年七月上旬ころ、補助参加人は被控訴人との間で本件生姜につき寄託契約を締結し、そのころ、本件生姜を被控訴人に引渡し、以后、補助参加人のためにこれを占有させた。

(三) 同五四年八月四日、補助参加人は、被控訴人に対して本件生姜を忠伸貿易に引渡すよう指図する旨の荷渡指図書を作成して被控訴人に交付した。

(四) 右同日、被控訴人は、寄託者台帳(保管台帳)上の寄託者名義を補助参加人から中間省略により控訴人に変更した。

3  被控訴人の返還不能による控訴人の損害

原判決五枚目表一〇行目から同六枚目表一行目までを引用する。

よつて、控訴人は、被控訴人に対し、所有権侵害に基づく不法行為による損害賠償として金一六八〇万円及びこれに対する所有権喪失の日の后である昭和五四年一〇月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は不知。

2  同2の(一)、(二)、(三)の事実は認め、同(四)の事実は否認する。

3  同3の事実のうち、返還不能の点は認めるが、その余は不知。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  一般に、倉庫寄託契約において、寄託者から受寄者に対して寄託物を第三者である荷渡先へ引渡すことを依頼する旨を記載した荷渡指図書が作成された場合、これによつて右の第三者は受寄者から寄託物を受領する資格を有することになるが、受寄者に対して寄託物の引渡請求権を取得することになる訳ではなく、まして、寄託者から寄託物の引渡を受けたことになる訳ではないと解すべきである。従つて、本件においても、請求原因2(一)ないし(三)の事実から、控訴人又は忠伸貿易が本件生姜について引渡請求権を有することになることはなく、ましてその占有を取得したことになる訳でもないというべきである。

2 指図による占有移転の要件は、占有権(返還請求権)譲渡の合意と占有代理人への指図であるが、荷渡指図書の発行をもつて寄託者から第三者への占有権の譲渡の合意があつたと解することも適当ではないというべきである。

二1 本訴請求原因は、右一の見解を前提とした上で、荷渡指図書の発行呈示の事実の外に、寄託物の売主である寄託者から買主である第三者へ受寄者備付の寄託者台帳上の寄託者名義が変更された事実が加わると、指図による占有移転が生ずる旨主張するものと解される。しかし、右台帳上の名義変更は、受寄者の側で寄託者は誰と考えるかの認識の覚書にすぎず、このことは事実認定において新旧名義人間の占有権の譲渡を推認させる有力な事実とはなり得るが、理論上当然に右譲渡がなされたこととする効力を持つ訳のものではない。荷渡指図書の発行は占有権の譲渡を意味するものでないことは右一2に示したとおりであるから、右名義変更は、あたかも実体権の変動のない場合の登記名義の変更と同様、それ自体では意味のないものと云わなければならない。従つて、本訴請求原因の事実を要件として指図による占有移転の効果を生ずるとする主張はそれ自体において失当であるといわなければならない。

なお、被控訴人が控訴人に対し本件生姜の在庫証明書(甲九号証の一ないし三)を発行したことは当事者間に争いがなく、このことは被控訴人の台帳上の名義が控訴人に変更されていることを推認させる有力な事実ではあるけれども、他方で、原審証人剣持功の証言によれば、右在庫証明書は、控訴人の要求に基づき被控訴人が控訴人宛に発行したものではあるが、被控訴人においては、通常、決算時における在庫証明の場合に荷主から要求があつた場合に出す以外にはこの種の証明を出してはいないことが認められ、右の事実と併せ考えると、右在庫証明書発行の事実だけから直ちに控訴人が主張するような名義変更の事実を推認することはできない。

2  ところで、最判昭和五七年九月七日民集三六巻八号一五二七頁は、(一)倉庫寄託者から正副二通(一通は受寄者に、一通は荷受人に)の荷渡指図書が発行され、(二)それにより倉庫業者が当事者の意思を確認の上、寄託者台帳上の寄託者名義を順次変更しているような場合、(三)昭和四八年当時の京浜地区における冷凍食肉業者と冷凍倉庫業者間において、右(一)(二)の手続を経て寄託者台帳上の名義変更が行われた場合にはこれにより寄託物の引渡を完了したものとして処理する慣行のあつたことを前提として、受寄者による寄託者台帳上の名義変更により、新名義人は寄託物につき受寄者を占有代理人とする指図による占有移転を受け、かような指図による占有移転を受けることによつて民法一九二条にいう占有を取得する旨判示している。

控訴人の主張を善解すると、右判例を念頭において、本件においても寄託者台帳上の名義変更により指図による占有移転を生ずる旨の慣行の存在を主張しているものといえよう。しかしながら、本件においては右最判の(一)(二)の要件、殊に(二)の当事者の意思の確認(本件では忠伸貿易の意思の確認)の要件を欠いており、事案を異にするというべきであるのみならず、何よりも(三)の慣行の要件を認めるに足りる証拠がない。

三1  また、かりに、右のような名義変更によつて寄託者台帳上の名義人となつた者へ占有の移転が生ずるとする理論又は慣行が認められるとしても、本件においては、忠伸貿易は寄託者台帳上の名義人になつたことはないのであるから、遂に占有を取得し得なかつたことになる。すなわち、控訴人の主張によれば、本件生姜は昭和五四年六月二五日忠伸貿易から控訴人に売買されたが、その時点では忠伸貿易は本件生姜に対する所有権も占有権も有していなかつたのであり、その后、昭和五四年八月四日、補助参加人から被控訴人に対し本件生姜を忠伸貿易に引渡すよう指図があつたが、(右指図書(乙第四号証)は忠伸貿易宛ではないから、これをもつて占有権の譲渡とみることは益々できない。)右指図に従い補助参加人から控訴人に名義変更されたとすれば、元々、忠伸貿易には名義変更されたことはない訳であるから、結局忠伸貿易は、控訴人主張によれば寄託者台帳上の名義を取得したことはなく、従つて、忠伸貿易は本件生姜に対する占有権を取得したことは一度もない、ということにならざるを得ない。

そうすると、控訴人が忠伸貿易から本件生姜を承継取得する際、忠伸貿易は本件生姜の所有者である旨正当に信頼させるべき外観である占有を伴つていなかつたものであり、従つて、控訴人も忠伸貿易の本件生姜に対する占有を信頼して取引に入つたものではないことになるから民法一九二条適用の前提を欠くことになる。

2  更に、控訴人の主張によれば、本件生姜の寄託者台帳上の名義は、補助参加人から控訴人へと直接移転しているわけであり、実体上の権利移転の経路である補助参加人→忠伸貿易→控訴人の中間者である忠伸貿易の名義は中間省略されている。このような場合には、倉庫寄託取引において、寄託物の寄託者台帳上の名義変更に占有の移転と同じ効力を認めようとする理論ないし慣行を認めるとしても、中間省略登記の場合におけると同様に、当事者である補助参加人、忠伸貿易、控訴人の三者間における合意か、少なくとも補助参加人と中間者である忠伸貿易の同意が必要とされるものと解される。

本件において、右のとおりの中間省略による名義変更ということについて、三者間の合意又は補助参加人、忠伸貿易の同意の何れかがあつた旨の主張立証はない。

四以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求は、その前提とする理論そのものにも多分に疑問があるのみならず、控訴人の主張を前提にしたとしても本件の事実関係の下では控訴人が主張するような指図による占有移転を認めることは困難であるというほかなく、結局、控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない(尚、付言するに、控訴人代表者本人尋問(原審)の結果によれば、控訴人代表取締役は他方で忠伸貿易の取締役をも兼ねていることが認められ、控訴人と忠伸貿易間における本件生姜の売買は商法二六五条の取引に該当することとなるので忠伸貿易の取締役会の承認が必要である。又、既にみた控訴人代表者と忠伸貿易との間の人的関係に加うるに、証人大塚の証言によれば、忠伸貿易の代表取締役である同人は控訴人会社の監査役をも兼ねていることが認められ、更に右両名の供述によれば、右両名は相当程度親しく交際していたこと及び忠伸貿易は同年八月一四日倒産していることが認められること、等の事情を考慮すると、控訴人は、同年八月四日の時点において、忠伸貿易が本件生姜の所有権を有しないことについて悪意であつたか又は善意であつたとしても過失があつたものと推認することができる。)。

五以上の理由により、原判決はその理由については当審と異なるけれども結論において相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。

訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条適用

(裁判長裁判官武藤春光 裁判官菅本宣太郎 裁判官秋山賢三)

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